日々の雑感

05年3月20日 「マンガの日」だったのか?
 』読了。ついでにコミック『新現実』の「吾妻ひでお特集」読了。本日の朝日新聞のマンガ紹介に『失踪日記』が取り上げられているのを発見。西原理恵子のインタヴューと、青池保子のインタヴューも同時に載っている。朝日新聞、いったい今日は何の日だ?。

 高校生の頃、わたくしのマンガ世界は吾妻ひでおと萩尾望都と内田善美をそれぞれ頂点とする歪んだ三角形で構成されていた、ような気がする。吾妻ひでおの不条理ギャクが好きだった。ちょっと(かなり)Hな美少女にドキドキしていた。SFパロディの元ネタ探しに必死になった。一番好きだったのは、吾妻ひでお本人を突き放してネタにしたエッセイマンガだった。大学生になって上京した時、友人が偶然、吾妻ひでおが住む街に下宿した。押しかけていって、吾妻ひでお行きつけの店としてマンガに登場する喫茶店カトレアに案内してもらった。もっと重症の人はいっぱいいたが、私もかなりのアズマニアだった、と思う。

 今回の『失踪日記』は、エッセイマンガの系統の作品。2度の失踪とホームレス生活、配管工としてのガテン仕事の日々、復帰後のアルコール中毒での入院。洒落にならない。でも、洒落になっている。素晴らしい。

05年3月19日 みんな一緒だと怖くないぞ
 新宿での所長と、青山ミステリの先輩の近藤さんと3人で飲む。顔をあわせてみると、3人とも花粉症でマスク。3人ともたまに料理を作るので、角煮に八角を入れるべきかどうかで熱く討論。スライドしてのラストの仕掛け(最終章、主人公の語りが全て現在形になる)をめぐって、津原泰水はライターズライターでいいのかと余計なお世話。

 近藤さん曰く。俺、今まで自分のスタイルに疑問もたなかったけど、今日ここでお前ら見て、同じように花粉症のマスクしてて同じように料理作ってて、同じような本の読み方してて、俺はどっかで根本的に間違ってしまってるんじゃないかと思っちゃったよ。



05年3月18日 グッバイレーニン
 をDVDで鑑賞。ベルリンの壁が崩壊し、東ドイツが西ドイツに吸収されていく時代を、東ドイツの側から描いた映画。

 熱心な社会主義者である母親は、息子が反政府デモに参加して警官隊と衝突し、逮捕される様子を偶然目撃し、心臓発作を起こし昏睡状態となる。8カ月後に目覚めたとき、既にベルリンの壁は崩壊し、東ドイツには西側の資本と文化が押し寄せていた。息子は、母に再びショックを与えてはいけないという医師の言葉を受けて、東ドイツの崩壊の様を母から隠そうと奮闘するが。

 たまたま映画館で見た予告編からは、もっと爆笑もののコメディ映画だと想像してたんですが、違った。確かに笑いもあるけれど、映画の基調にあるのは哀しみ。息子の努力は、最後には、本当には存在しなかった社会主義の理想国家の幻影を出現させるにいたる。共産主義独裁体制の崩壊の必然を充分に認識しながら、あえて「資本主義の勝利」に対しても疑問符をつきつけてみせる。批評精神にあふれた映画でした。

 個人的には、統一を目前に控えた時期に開催が重なった1990年のサッカーワールドカップで、西ドイツ代表を東西両ドイツの人々が応援し優勝を果たしたことによってナショナリズムが高揚し、両ドイツの統一を後押ししたことが背景に描かれていて、納得。ドイツ帝国の統一には普仏戦争の勝利。東西ドイツの統一にはワールドカップの優勝というわけですな。




05年3月17日 『残酷な神が支配する』

   

 萩尾望都文庫版全10巻を一気読み。高円寺には「通常サイズの時によんどけ」って言われてしまったのだけど、第一巻が最初に出たとき早速買って読んでみて、これは完結してからまとめて読んだ方がいいと判断したのだった。
 理由の1。周到に伏線が張り巡らされ、初めから終わりまできっちりと設計された作品であることはすぐ了解できた。こうした完成度の高い作品は、まとめて読んでその構成の妙を味わいたいというのが、わたくしの嗜好である。
 理由の2。心の深いところをえぐられるハードな作品なので、読むと確実に消耗する。消耗しながら次の巻が出るのを待ちわびるというのは、ちょっと耐え難いんじゃないかと。

 で、読了してみて、あらためて萩尾望都の途轍もなさをおもいしらされた。第9巻の解説をが担当していて(逆にの『』のカバーイラストと解説を萩尾望都が担当。その解説がまた軽妙にして絶妙)「萩尾望都は日本がうんだ一つの絶対美である」ということを言っている。その画力・構成力・知力・イマジネーション。あらゆる相対的評価とは無縁な高みにいまや萩尾望都はいる。

 文庫版には各巻に解説があり、解説子には、1963生まれのわたくしと同世代の人が目立つ。われわれは、小学校高学年から中学校の頃にリアルタイムで萩尾望都の初期傑作群(『トーマの心臓』『ポーの一族』『11人いる』そして1976年に少年チャンピオンに連載された『百億の昼と千億の夜』などなど)に遭遇することができた世代である。萩尾望都に、もっとも相応しい時期に接することができた、それはわれわれの世代に与えられた恩恵である。
 
 だからこそ、他の世代にも、萩尾望都の存在を、伝えていく義務があるんではなかろうかと愚考する次第である。

05年3月16日 ご無沙汰
思いっ切り更新をさぼってしまいました。
この間何をやってたのかというと

1月19〜2月3日、受験生の最後の追い込みにつきあって講習の日々。

2月4日、河合塾千駄ヶ谷校にて来年度のテキストの地図データについて打ち合わせ。持参のノートパソコンのトラブルで夜8時までドタバタ。

2月5日〜10日まで小笠原旅行。鯨と亀とノスリとヤギに遭遇。

2月11日〜3月11日、小笠原で休んだしわ寄せで、テキストや模試の原稿と会議、原稿と会議、原稿と会議。

3月12日ようやく一段落。次の〆切の波は、25日あたりでこの間がオフと言えばオフ。が、しかし、わざわざそれに合わせるかのように、花粉の飛来が激増。
七転八倒。今年は目にきていて、ただでさえ細い目が、半分位になっとります。かゆい。

3月16日、ようやく放りっぱなしだったホムペに手をつける。本館を久しぶりに更新しました。ハイパー世界史ノートは、いつになったら完成できるか見当もつかないので、とりあえず、そのベースになる図解世界史ノートをPDF書類でUPしていく予定。



  
   




  
   


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