02年11月30日 歳をとると月日の過ぎるのがホントに
本日は第2回東大オープンのスクーリング授業で横浜校へ。普段は木曜日にしか行っていないので、土曜日の人出の多さにびっくり。特に混んでいたのが、やはりというか何というか東急ハンズ。明日からはもう師走。嗚呼。

02年11月29日 やっと
さぼっていた文化史ノートの製作を再開

02年11月28日 宣伝
河合出版より、「上智青山立教明治予想問題集」が12月9日頃に店頭に並ぶとの連絡が。渡辺修先生と共著で、講師間では御高評をいただいた(でも評価の割には全然売れなかった)「明中立大世界史」をベースに、予想問題を新たに加えて作成した問題集。自分で言うのも何ですが、よいです。

02年11月27日 元旦計画
ここ数年、年末に上京した姑御と、家族で大晦日に河口湖畔か箱根の宿で一泊する習慣が続いている。遅ればせながら馴染みの旅行代理店に電話をかけて、今からでも予約が間に合うか聞いてみると、河口湖なら押さえている宿があるので、何とかなるとのこと。これで、年末年始の予定がほぼ決定。12月20〜24日まで河合塾の冬期講習。25日引っ越し。26〜30日は冬期講習4ターム。大晦日と元旦は河口湖。1月2〜6日は冬期講習5ターム。おいおい。

02年11月26日 今年のクリスマス
早ければ12月の上旬にも、と思っていた引っ越しが、諸般の事情で遅れることになり、ひょっとすると12月25日かも、という情勢に。クリスマス引っ越しの可能性。まだサンタさんの存在を信じている子供たちが、どのように反応するか、ちょっと心配。

02年11月25日 たぬき
スポーツ誌のスポルティバ購入。横浜フリューゲルス消滅から4年ということで、当時の裏方の人々にインタビューしていた。フリューゲルス消滅後、その後を受けて成立した横浜FCは、今年度のJ2最下位に終わり、当初の熱狂を失って混迷しつつあるのが哀しいけど、市民クラブ育成の風潮が、あの事件で各地で高まったのは、まだしも救いだったように思う。私の郷里の愛媛県でも、四国初のJクラブを目指す愛媛FCの活動が、近年活発化していて、J2入りの可能性が高まってきた。そう言えば、今度の引越先の府中市は東京FCの地元ということになっているんだけど、愛媛FCがJリーグに上がったとして、自分はどちらのチームを贔屓すればよいのだろう。悩むんである。こういうのは「嬉しい悩み」というんだろうか、それとも「とらぬ狸の皮算用」だろうか。・・・狸かな、やっぱ。

02年11月24日 またもや
今井家となべパーティー。今回は食べるだけ飲むだけ。真っ先にダウン。

02年11月23日 音楽会とウルトラマン・ダイナ最終章
長男の小学校の音楽発表会。想像していたよりも、ずっと立派。特に5年生が名作童話の「泣いた赤鬼」を音楽劇に仕立てたのには素直に感動。やるもんである。夕方、次男とビデオ屋に行って、ウルトラマン・ダイナの最終章スペシャルを借りてくる。当時かみさんが、「感動するよ」と言っていたのだけど観てなくて、気になってた。いや、これが気合い入りまくりで、登場人物ずっと絶叫してる。圧倒されました。最後に主題歌が主人公自身の歌で流れてくるのだけど、その絶妙な下手さ加減が、かえって主人公の想いをストレートに伝えてくる効果を演出していて上手い。作り手の熱意が伝わってくる作品。

02年11月22日 スターリン型社会主義における飢餓
ロシア革命の最大の悲劇は、社会主義のためには工業化が不可欠であるとしたボリシェヴィキが、革命時において人口の80%以上をしめた農村を軽視し、農村を理解しなかったことだとする説がある。そのため、戦時共産主義の時代、第一次五ヶ年計画の時代と、農村からの穀物徴発が暴力的に行われ、生産性の低下と飢餓をまねいている。特に第一次五ヶ年計画を指導したスターリンは、「農民への強い不信を表明し、工業化のテンポの維持と強化を至上命令とし、農民からの追加税なしで工業化は不可能であると公然と主張」した。(『ロシア近現代史』p236、ミネルヴァ書房、1999)。重工業建設のための工作機械は、西欧諸国からの輸入に頼り、購入のためには外貨が必要で、外貨の獲得は穀物輸出に頼っていたためである。輸出用穀物獲得のためには、クラーク(富農)が指導し、しばしば国家の穀物調達を阻害したと考えられた伝統的な農村共同体(ミール社会革命党の支持基盤でストルイピンが解体を試みたが部分的にしか成功せず、1917年革命の過程で事実上完全復活していた)を解体し、農民を国家の統制下におけるコルホースソフホースなどの集団農場で管理する農業集団化が不可欠であるとされた。29年には農業集団化のため、「クラークの絶滅」が、スターリンによって宣言された。900万人と言われるクラークが追放され、そのうち半数が処刑され、残り半数が強制収容所に収容されたと推定されている。以下、前掲書pp238〜240より引用。「本質的にこれは農民への内戦のはじまりであった。」「農民は絶望的に抵抗した。この闘争がいかに激しかったかは、30年1〜3月期に農民大衆蜂起約、2200件、これへの参加農民80万人以上という数字が雄弁に物語っている。」「抑圧が強化されるにつれ穀物調達への抵抗が増したが、スターリンはそれを「クラークのサポタージュ」と説明し、強制力の適用を指示した。ソ連農業全体の崩壊が始まった。」「工業設備買付けのために穀物輸出が増やされ、多くのコルホースから種子をふくむ全穀物が徴収された」「農村では恐ろしい地獄絵が現出した。貯蔵食糧や播種用の種子も食べつくし、雑草や幼虫などあらゆるものが胃に収められた。人肉食も記録されている。村全体が餓死で絶滅した場合があった。飢饉の犠牲者の数を特定するのは困難であるが、餓死者の数は700万人ともいわれている。」
さて、金日成はスターリンの申し子だった。ソ連領において抗日パルチザン闘争に従事するソ連軍将校であった金日成は、スターリンによって権力の座に据えられた。その後の個人崇拝や粛正による政敵抹殺などにもスターリンの影響を見ることが出来る。北朝鮮における飢餓が、どのように発生したかの具体的メカニズムは、たびたび引用するにある、李英和関西大学助教授の分析に詳しいが、北朝鮮の飢餓問題の根底には、平壌市を特権的都市として地方都市や農村と切り離した金日成の、スターリンから受け継いだ農村軽視(敵視)の体質があるのではないかという気がする。

02年11月21日 北朝鮮関係
中朝国境地域において北朝鮮からの難民を相手に26回に及ぶ定点取材を行ってきたジャーナリスト、石丸次郎の『北朝鮮難民』(講談社現代新書、2002)と、『北のサラムたち』(インフォバーン、2002)を続けて読む。北朝鮮の特異な体制と、それがもたらす悲劇が、緻密な取材のみが可能にする説得力で語られる。北朝鮮難民の日本大使館駆け込み事件(彼自身が当事者の難民家族と駆け込み計画に深くかかわっていた)あたりから右往左往し始め、興味本位に陥りがちな日本の一般マスコミに対する批判は痛烈。両書を読むと、北朝鮮の民衆自身が最大の犠牲者なのだということがよく分かる。世間の関心と共感が、拉致事件被害者家族から帰還事業以後、北朝鮮の「人質」政策に苦しめられてきた「在日」の人々(騙されて海を渡り、日本に戻れなくなった人々と、「人質」にとられた親族に対する配慮から沈黙を強いられてきた人々)へ、そして北朝鮮民衆へと広がっていくことを切に願う。

02年11月20日 二日酔い
朝起きると気持ちが悪いわ頭痛がするわで、二日酔い。いつもなら休みの水曜日。今日は単発で仕事が入ってる。それが夜8時からの会議でホント良かった。

02年11月19日 不覚!
何故だかどうしても思い出せないのだけど、ご近所の今井さんの奥さんとうちのかみさんを前に夕食の支度をしていた。ソーセージと野菜のポトフと、手羽もとのマーマレード煮と少し時間がかかるものを作っていたら、二人がはやばやと「天狗舞」の純米吟醸を飲み始め、料理しているこちらにもおすそ分けが。美味い。で、一杯が二杯となり、酔っ払いながら、つまみが必要だと、ツナと小松菜の炒め物をざっと作る。意外と評判がよくて、気をよくして天狗舞をもう一杯。そうこうしているうちに他の料理も出来、子供たちにも配膳をし、というあたりでまたまた記憶が怪しくなる。食卓につくころにはすでにでき上がりつつあって、しかも卓上ではいつの間にか空になった天狗舞に代わってワインの瓶が。そういうわけで久しぶりにつぶれました。「全然平気よー」と盛り上がる女性二人を前に、自らの酒量の乏しさを強烈に認識。

02年11月18日 国際的博打打ちと在日韓国・朝鮮人の東京大学教授が
ナショナリズムについて語り合う、『ナショナリズムの克服』(姜尚中・森巣博、集英社新書、2002)を読了。お勧めです。

02年11月17日 紅葉が目に染みる。
2年前に高幡不動に引っ越した保育園つながりの知人宅に、一家そろってお邪魔する。最初は、近所のリンゴ園で開催しているリンゴ狩りをやろうという話だったけど、行ってみたら先週で完売してしまったので、今週は急遽中止しますの貼り紙が。予定変更して高幡不動尊へ。結果的に大正解。紅葉が見ごろになっていて、仏塔と後景の山の紅葉がまるで絵葉書。

02年11月16日 青空市。
羽村市の富士見公園で開催の青空市(フリーマーケット)の権利が当たった。引っ越しに備えて出来るだけ身軽になろう、ということで衣類や子供のオモチャや不用になったパソコン周辺機器などに手作りの値札をペタペタ貼り、朝7時前には準備を終えて公園へ。いきなり霧雨。この秋一番の冷え込み。寒い。でも開店の9時頃には雨も止み、人の出足もまずまず。が、寒さも手伝ってか、ポケットに手を突っ込んだままちらりと見ただけで足早に通りすぎていく人の多いこと多いこと。ちょっと天を恨む。しかも、財布の紐がまた固い。フリーマーケットったらそんなもんだけど、1000円以上だとまず売れない。夜、わずかな売り上げを元に、陶器など供出してくれた友人一家を招いて打ち上げ。チゲ鍋(子供たちには別途水炊きを用意)を作ってやけ食いする。

02年11月15日 あ〜あ。
購入予定物件は決まったのに、売り出して2カ月経っても今住んでいる家が売れない。長期戦は覚悟してたけど、見に来ようという客もなかなかいないという状況で、ちとまずい。しょうがないので、200万ほど値下げすることを決断。関係書類を作成して不動産屋さんに持っていく。土地神話の崩壊とデフレを身をもって実感。税理士さんに試算してもらったら、資産の赤字ということで、今後3年ほどは所得税を払わなくてもいいことになりそうだと。喜んでいいのか悲しんでいいのか。

02年11月14日 どこまでも続く
明日が〆切の原稿を午前中必死にやってあと少しのところで終わらず。しょうがないのでノートパソコンを横浜校まで持っていって授業の合間に終わらせる。というように、近ごろ採点基準確認だとか、校正だとか、次から次へと小物の仕事の〆切が来るのでわけがわからんと教材開発部の担当の方に愚痴をこぼすと、〆切の一覧表を作成してくれた。有り難しと思ってつらつらみるに、12月下旬〜1月上旬の冬期講習の集中期に来年度の前期のテキスト原稿提出という、大物の仕事の〆切があるのを発見。真っ青に。目の前の小物の仕事を片付けているうちに、いつの間にか大物の仕事の〆切がどーんとくる、というとほほなパターンである。でも、聞いてないよーと言えない自分が哀しい。確かに以前、例年より前期のテキストの〆切が早くなってて、という話を聞いた覚えがある。忘れていたけど。

02年11月13日 サイレン
現在住んでいる羽村市は、米軍の司令部がある横田基地が近い。米軍関係施設への生物兵器テロなど行われた日には、巻き添えを食ってしまう可能性があるところだったりする。その米軍基地から、最近ひっきりなしにサイレンの音が。羽村市のホームページを見ると、米軍の訓練が連続してあって、厳重に抗議したんですけど、という内容の記事がトップページに。行進曲風の音楽も漏れ聞こえてきて、なんだかとっても嫌。

02年11月12日 保育園
引っ越しに当たって最大の難関の一つが次男の保育園問題。転入手続き自体が面倒で、義務教育と違って必ず入れるわけでもなく、しかも、今通っている羽村たつの子保育園が良かっただけに、下手なところにいれたくない。府中市の市役所まで出かけ、資料をもらい、見学もし、とばたばた走り回って、ようやく何とかなりそうな気配が。それにしても、少子化対策を言うなら、親が子育てをしながら安心して働けるような社会制度が必要。子供は小さければ小さいほど手がかかるのだから、未就学児の保育・教育にこそ力を入れなければならない。教育問題をめぐる議論の中で、未就学児保育問題が、置き去りにされているような気がする今日このごろ。手近なところで保育園の増設や援助にもっと力を入れて欲しいと切実におもうんであった。

02年11月11日 女流マンガ家ならぬ
駒場校からの帰りに立ち寄った下北沢の書店で、樹なつみ『八雲立つ』最終巻と吉野朔実『エキセントリクス』を購入。両者とも青年誌にも作品を発表しており、もはやいわゆる「少女マンガ家」の範疇を超えてしまった作家。「少女マンガ家」ではなく、「女流マンガ家」、あるいは、女流という言葉を冠することすら失礼な、単に作家・マンガ家と紹介すべき大家。作風は対照的で、樹なつみは、SF・伝奇系の正統派エンターテイメント、吉野朔実は、心理小説ならぬ心理マンガが持ち味。わたくしはどっちも好きです。

02年11月10日 フレッシュランド西多摩
腰痛に耐えかね、午後フレッシュランド西多摩へ。やっぱりでっかいお風呂はいい。引っ越しにあたって残念なことの一つは、思い立ったらすぐ出かけることができる入浴施設を失うことか。

02年11月9日 ファイルメーカー
ファイルメーカーProという知っている人は知っているマック用データベース作成ソフトがあって、今まで持ってはいたけど、使いこなせてなかったのを、何とか使えるようにしようと悪戦苦闘中。使いこなせれば、いろいろな可能性が見えてくる。じゃ、いったい何をやろうとしているかは、もう少し具体的に形になってから。

02年11月8日 革命の世紀の後始末
授業がロシア革命に突入。虐げられた全ての人々の解放を唱えたマルクス主義の革命が、スターリンの監獄国家へ転落していく過程を説明していると、歴史の歯車に踏みしだかれていく個々の人々の無情についつい感傷的になってしまう。そんなことを思いながら、帰宅後、のホームページをチェックしてみたら、中国による「北朝鮮難民救援基金」の事務局長逮捕に抗議して、李英和代表が14日に自主的に中国大使館に出頭するという予告が。

02年11月7日 リフレッシュ休暇が終了して
およそ10日ぶりに出講。横浜へ。ところが、腰痛ますますひどく、がに股のよちよち歩きしかできず、背中にも痛みが出てるので授業で声を出すために息を吸い込むとそれだけで苦しい。リフレッシュには失敗したみたいです。わたくし。

02年11月6日 腰痛再発
朝起きると、全身筋肉痛のうえに、特に爆弾抱えている腰が痛い。昨日一日中デスクワークやっていたのがまずかったか、それとも、一昨日、府中市の交通遊園地から府中駅までの2キロ近くを歩いた時、最後の1/3ほどの距離を、遊びつかれて寝てしまった次男をおぶっていたのがまずかったか、歳を取ると筋肉痛は翌々日に出るもんな、と反省するものの、反省してどうなるものでもなし。せめてぎっくり腰にいたらないよう気をつけねば。

02年11月5日 宅配便屋がベルを鳴らす
昨日、開き直って一日仕事をしなかったので、本日はまた閉じ籠もってひたすら仕事。問題集の再校と直前のテキストをやっと終了。が、その間に宅配便屋さんが、模試の採点基準の確認だとか、講評の作成だとか、量的にはたいしたことはないけど、精神的には負担がきつく、しかも〆切がすぐ来る仕事を運んでくる。しかも、何故か一度にこないで二度、三度。

02年11月4日 見学
購入予定物件、子供たちにまだ見せていなかったので、不動産屋さんに頼んで家族そろって下見に行く。一戸建てからマンションへの住み替えで、どう反応するか心配だったけど、とりあえず気に入ってくれたようで一安心。その後、不動産屋さんと別れて、そのまま近くの府中市郷土の森に隣接する交通遊園地へ。分倍河原駅で南武線と京王線、府中本町駅で武蔵野線の2駅・3路線が直接利用可能という交通の便と、広い公園が近くにあるという生活環境の便で購入を決断。今回、実際に公園に行ってみて、この点では間違っていないことを再確認。子供たちも交通遊園地のゴーカートなどではしゃぐ。

02年11月3日 文化の日なので
かみさんと子供たちは近所の友人一家とともに羽村市の産業祭へ。その間、当方はうちに籠もってひたすら仕事。文化の日だから文化的(?)な仕事と無理やり自分を納得させようとするがやっぱり無理。途中、気分転換に料理。豚肉とキャベツの味噌汁を作る。

02年11月2日 まず手付金を払って
午前中、長男の参観日。午後、不動産屋にて購入予定のマンションの売り主の人と顔合わせ。必要事項確認の後、手付金支払い。12月半ばの引っ越しに向けて、越えなければならないハードルがドミノ倒しのドミノのように眼前に。

02年11月1日 お仕事
上智青山立教明治予想問題集の再校。予想問題の解説が不足していることに気がつき、補充することに。各種〆切が怒濤のごとく押し寄せる中、仕事を増やしてどうする。自分。