04年10月31日 箱根旅行
 一泊2日で箱根家族旅行。夏休みに、帰省以外家族そろっての旅行が一度もなかったんで、その分を今ごろ。大型入浴施設のユネッサンで遊び、ユネッサンに隣接するホテルに宿泊する。それだけ。雨だったこともあり、他の観光施設には一切立ち寄らず。
 でも、それでゆっくり出来たので、かえってよかったかも。

04年10月29日 一日地図
 本日は調整日で、出講はなく、休みのハズなのに。ああそれなのに。
 テキストの地図を一枚、急遽作成することになって、その一枚に結局一日かかりきり。

04年10月28日 PLUTO
 手塚治虫原作。浦沢直樹作の「PLUTO」第一巻を、横浜校に向かう途中の乗換駅、武蔵小杉駅の駅構内の書店にて購入。電車内にて読了。あまりに面白かった(映画・小説からの引用など、浦沢直樹のいつものあざとさも多少あったのだけど)ので、手塚治虫の原作はそもそもどういうものだったのか無性に知りたくなり、横浜駅地下街の有隣堂書店にて手塚治虫版がパックになっている「PLUTO」第一巻の豪華版を、あらためて購入。最初の書店では、豪華版が売り切れだったのさ。そうか、そういう話だったか。でも、手塚版のあのラストはちょっと納得できないので、浦沢版でどう処理するか、期待。
 

04年10月26日 餃子・カレー
 昼食に餃子。一応皮から手作り。今まで再三失敗してきた餡も、今回はまずまずとの評価をかみさんと長男よりいただく。長男よりカレー以外の料理がお褒めにあずかることは滅多にないので、ちょっと嬉しい。でも、未だに均一に皮を延ばすことが出来なくて、厚さにむらがあるのが、食べ味を損なっているんだな。
 夕食。いつものようにチキンカレーを作る。やっぱりお父さんはカレーだよねと長男より一言。そうきたか。

04年10月25日 島社会としてのアメリカ
 の10月24日の記事によると、メリーランド大学の最新調査でブッシュ支持者の72%が「イラクに大量破壊兵器が実際に存在したか、開発計画が進行していた」と信じていることが、明らかになったそうな。

 都市と郊外ばかりになって風景が均一化したかに見える日本でも、都市中心部では民主党など野党が強く、地方に行けば行くほど自民党が強いという傾向がほんの少し前まであった。

 フランスでも、都市のフランスと地方のフランスがあるというのはよく言われる話で、例えばドレフュス事件の時、ドレフュス無罪の証拠が次々と明らかになり、都市ではドレフュス擁護派が圧倒的になった時点においてさえ、カトリック教会など保守派の勢力が強かった地方では、多くの人々がドレフュス犯人説を信じ込んだままだった。都市が進歩的で、田舎が保守的というのは、かなり普遍的にあてはまる原則と言っていいだろう。

 が、極端な国アメリカは、やはりこの点でも極端であるようだ。

 アメリカの田舎は、ただの田舎ではない。荒野に浮かぶ孤島である。極端に閉ざされた地域社会の保守的な地域文化の中で多くのアメリカ人は暮らしている。彼らはローカル情報以外の情報入手経路としてTV以外の手段を持たず持とうとせず、FOXを初めとするTVニュースの多くは、あからさままでに共和党寄りのプロパガンダ情報で溢れている。そうやって洗脳された田舎の人々が、ブッシュの支持者になる。都市の民主党、田舎の共和党の傾向は前回の大統領選でもくっきりと現れたが、ブッシュの4年間でますます強化されている。72%は、そういう数字だ。

 問題は、そういうアメリカの田舎者が、世界の命運を握ってしまっているということだな。


04年10月21日 『薔薇密室』
 会議で名古屋。最初の予定日が台風22号に直撃されて本日に延長となっていたのだけど、これが1日前にずれていれば、またしても台風23号直撃されていたところだった。台風多すぎ。。

 その名古屋に向かう往復の間に、皆川博子の『薔薇密室』を読む。夢中になってむさぼり読む。流麗でありながら、リアリズムに撤した文章によって、読むことの悦楽を享受し、人称と時間を自在に操作する魔術的技巧が仕掛けた罠に驚愕する。読書は、本来、麻薬吸飲にも似た罪深い道楽であると説く人がいる。私は麻薬を吸飲したことは誓ってないが、『薔薇密室』を読むという行為によって、罪深く官能的な快楽を得てしまったことは告白せざるを得ない。

 堪能いたしました。


04年10月19日 『歴史の中のカースト』
 藤井毅著『歴史の中のカースト−近代インドの自画像』(岩波書店2003)読了。

 われわれが固有のものと思い込んでいる多くの文化や制度は、実際には近代において形成されたものであることが多い。日本での「万歳」の習慣は、近代国民国家の象徴としての近代天皇制を生み出すために、中国における皇帝出迎えの際の儀礼を明治になって採用したものだし、紋付き袴の正装は、近代ヨーロッパの正装であるタキシードに対抗するために、やはり明治になって生み出されたものだ。

 同じことは、インドにおいて古代から存在してきた自明な制度とみなされがちなカースト制度についても当てはまる。本書では、現在のカースト制度は、近現代において「西洋世界と非西洋世界の接触、前者による後者の領有、そしてそこにおいて生じた相互作用」の産物であり、歴史的に形成されてきたものとされる。その歴史的形成のあり方が、説得力をもって論じられる。

 「近代」とは、何だったのか。ヨーロッパ史における「近代」は、他の地域の「近代」にどのように影響したのか、を考える手掛かりとなる、スリリングな書である。


04年10月16日 一日学童の日
 次男の学童クラブのスポーツ交流会。近隣の3つの小学校の学童クラブで、キックベースやったり、大玉運びをやったり、府中音頭という、北島三郎の歌にあわせて盆踊りを簡略化したような踊りを踊ったりするのだ。

 今回は急遽会場係にかりだされ、早朝から会場設営に協力。次男はというと、小学校の1年生から3年生までが一緒にプレーするキックベースでは、さすがに活躍は無理。しかも、府中第三小学童の諸チームは、他の2つの小学校に比べて明らかに練習量が不足していて、あっちでもこっちでも大敗続き。次男のチームはそれでも、まだましで、負けるにしてもそんなに点差が広がらない。なんとか試合にはなっていた上に、最後の3試合目は、同じ府中第三小学童の、しかも弱小チーム相手と組み合わせに恵まれ、勝利することができた。こういう勝利を手放しで喜んではいかんのだろうけど、でも、応援する身としては嬉しかったのは確か。そうした中で、次男も緊張しながらも、一生懸命プレーしていました。

 さて、大玉運び。大きな盆の上に載せた大玉を、みんなで運びリレーしていくというシンプルな競技だが、これ実は保護者の部があって、各小学校対抗戦になっている。わたくしも、なぜか参加メンバーになっていて、大玉を運んだとですが、子供の部では4人で運ぶところが保護者の部では二人。走り出したところで、相方の人の速さについていけず、前のめりになったところで脚がもつれて、大転倒。偶然にもこれが前回り受け身となって、一回転して起き上がったところに大玉があったので、大玉を再び盆に乗っけて走り出し、前走の人たちが稼いでいたリードがあったので、何とか抜かれないで次の走者にリレーすることができた。結局対抗戦は勝利したのだけど、私の転倒がなかったら楽勝だったところを、接戦を演出することに。危ない危ない。

 夕方からは、学童クラブにて夏のお楽しみ会キャンプのビデオ上映会&ビデオ・文集・写真のCDの配布。前日までに文集の原稿の印刷は終わり、後はホッチキス止めと背表紙張りだけに仕上げてあった。50枚以上を束ねる大型ホッチキスを所有している人が複数いたので、それを持ってきてもらって、皆でホッチキス止めと背表紙張りを分担しておこない、10分ほどであっけなく完成。9月の初めから抱え込んでいた仕事が一つ、これでかたがついた。

 でも、うちの次男が小学校1年生なので、小学校3年で学童を出るまであと2回、夏のキャンプの文集作りは恒例になりそうです。

04年10月15日 『屍の王』
 牧野修『屍の王』(角川ホラー文庫)読了。うねるような迫力に満ちた傑作。田舎の地方都市を思わせる黄泉の国や、腐肉をぐずぐずに崩しながら迫ってくる死者の群れの描写など、イメージの喚起力がものすごい。ただ、あえて言うなら、物語りの結構について、やや説明過剰かとも。そこまで謎解きをしてくれなくてもいいのにと若干思った。
 ただ、これは好みの問題で、世の中には過剰なまでの説明をしないと、わからないと怒り出すような連中も、いないではない。そういう、しかたのない人たちまでフォローするかどうかというのは、判断の分かれるところだろうな。

04年10月14日 暗いニュース
 アメリカの反共和党的ニュースを翻訳紹介するというサイトがある。やや玉石混交の気味はあるものの、経済学者クルーグマン教授のニューヨークタイムズの名物コラムをいち早く翻訳紹介したり、なかなか有意義なサイトではある。その10月11日版に、チェイニー副大統領の妻が、米教育相の歴史教育ガイドを、「リベラル過ぎる」と圧力をかけて廃棄させたという記事が掲載されていた。

メキシコの奴隷制禁止の決定に反発し、奴隷制を維持するために起こしたテキサスの独立反乱を、「アラモ砦の戦い」のエピソードを過度に強調して「自由と民主主義のための戦い」と強弁するなど、アメリカの歴史は国民統合のために恣意的に利用されてきた。今や、その恣意的利用の歴史自体が、歴史研究の対象となっていたりするほどである。驚くにはあたらない。が、それでも呆れ、かつ暗然とするには十分。

04年10月12日 『近代インドの歴史』
 『近代インドの歴史』(ビパン・チャンドラ、山川出版2001)読了。著者はマルクス主義系の人ではあるが、教条主義とは無縁で描写もバランスがとれている。近代インド史の宿痾である宗派対立の分析が甘いとか、民族独立運動の評価がやや身びいきになっているんでは、とか、問題はないではないけれど、日本語で読める近代インド史の概説書(といってもけっこうなボリュームである。本来インドの高校生の教科書として書かれ、使用されているという話だが、「教科書」の概念が、日本とは根本的に異なっているに違いない。)としては、最適。
 特に、イギリス支配がインドにもたらした経済的影響についての指弾は迫力がある。

 イギリスのインド支配はインドの「脱工業化」をもたらし、人々の農業への依存を高めた。初期の数値は定かではないが1901年から1941年のあいだの国勢調査報告書だけをみても、農業に依存する人口比は63.7%から70%に上昇した(p.185)

 インドの工業化がいかに皮相であったかは、1951年の時点で3億5700万の人口のうち、たった230万人ほどが近代産業分野で雇用されていたにすぎないという事実が如実に示す。
1901年から51年のあいだに約40%の人口の増加があったにもかかわらず、加工や製造にたずさわる人間の数は、1030万人から880万人に現象した。政府はこうした古くからの在来産業を保護、復興、再編、近代化する努力をまったくしなかった(p.195)


04年10月11日 『ファントムケーブル』
 牧野修『ファントム・ケーブル』(角川ホラー文庫2003)読了。「悪意」をキーワードとする連作短編集。序章と終章が置かれることで、一つのまとまった小説となっているが、各短編の内容はそれぞれ独立している。「ヨブ式」や、「死せるイサクを糧として」など、聖書に題材を取りながら、「悪意」と「不幸」を執拗に描き出した作品の、異様な迫力に慄然。もっとも個人的なベストは、それらの豪速球どまんなか系作品より、複数の人物の視点を一人称の交替で折り交ぜながら、そこに仕掛けをほどこして、技巧の冴えをみせる「ファイヤーマン」なんだけど。


04年10月10日 体育の日・・・で良かったっけ?今年は
 早朝7時に、一家4人で春日部市空手大会に出発。息子たちの空手教室の本部が埼玉県さいたま市にあり、春日部市制50周年だかの記念大会に参加するので、長男が、府中教室を代表して出場することになったんである。
 9時過ぎ到着。
 名称から想像していたよりずっと大規模な大会で、長男が出る小学校4年生の型の部だけで40人くらいいる。審判3人の前で演武して採点。他流派も出る大会への参加も、正式な審判がついての試合も初めて。一応、長男も、大会に備えて家でも練習してきたのだけど、いざ始まってみると、事前の予想よりもはるかにレヴェルが高い。
 今回は、参加することに意義がありますから、と先生が語っていたことの意味を、今更ながらに痛感する。
 長男は、最後の方に登場。
 声も出ていたし、現在出来る限りの演武は披露したと思うが、それまでの上位陣に比べると、明らかに見劣りがする。実際に、審判各氏から出された点も、かなり厳しいものであった。
 上には上があると分かったことが、今回の収穫か。


04年10月9日 『戦場のピアニスト』
 ロマン・ポランスキーの「戦場のピアニスト」をDVDにて鑑賞。ユダヤ人のワルシャワゲットーへの隔離、ユダヤ人が自らユダヤ人を取り締まったユダヤ人警察の存在。いずれもナチスによって徹底的な弾圧を受けたワルシャワゲットーでのユダヤ人蜂起とソ連軍が間近に迫った中でのワルシャワ蜂起。背景となっている史実は、一応承知していたけれど、こうやって映像で際限されるとやはり息を飲む。そして、実際のそれは、もっと酷いものであったろうなとも。


04年10月8日 やっぱり
 アメリカの調査委員会が、イラクは大量破壊兵器所有せずの正式報告。国際連合の事務局長がアメリカのイラク戦争を、国際法違反であると言明したことといい、事、ここに至ってもなお、アメリカに盲従するのは、国益の点から言っても決してプラスにならないと思うんだが。


04年10月7日 今の状況では

 国際連合の常任理事国拡大問題が報じられている。日本は、その有力候補であると。

 一方で、イスラエルの侵攻に、またもアメリカのみが拒否権。

 日本が常任理事国となったとき、アメリカと日本のみが拒否権行使ということに、もしなったら、多分なるんだろうが、世界にとっても日本にとっても不幸なことだとふと思う。


04年10月6日 報道の外
今年の台風で、郷里の新居浜市が連続して被害にあったこともあり、災害報道にどうしても関心が向かうが、そんな中でのコラムに感銘を受けた。「情報の洪水がある一方で、情報の枯渇が同時に起きる」

 確かにその通り。

 我々は、どうしても、報じられていることのみが全てであると錯覚してしまうが、大規模な自然災害では、報じられていないところで、何かが起こっている。

 報じられていることで、安心してしまわないことが、肝。



04年10月5日 達人
 昼食に鮭リゾット、夕食にチキンカレーを作る。火曜日はカレーの日であるが、息子たちの空手教室の付き添いの日でもある。そこで、今日初めて、先生の型の演武を観る。硬式空手選手権、中量級の部全国3位のそれは凄かった。視覚的にももちろん凄い。何で人間の手が脚が、そんなふうに素早く獰猛に動くかなという驚きがある。それに加えて、突きや蹴りが空気を切り裂く音、道着の擦れる音、床板を踏み込む音、すり足で進む音、音、音、音。それらの音の振動が、皮膚に直接響く。映像では決して伝わらない、生の体感。素晴らしい。


04年10月4日 去りにし日々
 偶然から、偶然がネットの魅力なわけだが、同窓会サイト「」に行き着き、早速登録する。登録して初めて、誰が登録しているかわかる仕組みになっていて、そこには何人か、懐かしい名前も。でも、履歴を見てみると、みんな最近は訪れていないみたいだし、まだまだ人数も少ない。小学校の同窓生なんて、今のところわたくし一人である。

 いくらなんでもちょっと寂しいので、みなさん、この指とまりましょう。
 

04年10月2日 本格中年
 午前中、久しぶりに近くの公園で息子たちとボール遊び。最近は友達との遊びが第一になった息子たちと、こうして遊ぶ機会がなかったのだけど、子供は成長してるもんです。
 バスケットサークルに入っていて、クラブはドッジボールの長男は、ボール扱いも堂に入ってるし、今までは、投げるのも蹴るのも弱っちくて、遊びに参加できていなかった次男も、学童保育で鍛えている成果か、ちゃんと投げる、蹴る、受けるが出来るようになっていた。
 小一時間ほど遊んだのだけど、以前と比べて必然的に遊びの密度が濃くなっていて、しかも時間の経過とともに、どんどんヒートアップしてリズムが上がる。

 あげく、腰にピリリと違和感が。。

04年10月1日 せめて10冊がなかなか  
 9月のその他の読了本
 『虚無への供物』塔晶夫(中井英夫)、東京創元社2000(復刻本)
『パラレル』長島有(文藝春秋社、2004)
『凶鳥の黒影』本多正一監修(河出書房新社、2004)
『パクスブリタニカと大英帝国』秋田茂編(ミネルバ書房)