02年12月30日 逆効果
昨日の午後、お姑さんが来訪。昨晩帰宅したら、ダンボール箱の山が目に見えて減っている。ありがたいことである。おかげで少し余裕が出来たので、新居に移って以来、どこにも連れていってやれず、プチ引きこもり状態になっていた子供たちを外に引っ張り出そうと、仕事に空きがある午前中に近くの多摩川までのサイクリングを試みる。府中市は歩道と自転車の専用道が充実していて緑も多く、サイクリングには持ってこい。が、大事なものを忘れていた。冬の自転車に必携なもの。それは手袋。最初は喜んでいた子供たちも、むき出しの手がどんどん冷たく赤く痛くなってくると、特にまだ5歳の次男は半泣き状態。少し進んでは、手をさすってやったり包んでやったりの顛末となった。あとでかみさんが子供たちに感想を訊ねたら、もう二度と行かないと断言していたと。

02年12月29日 ゴミ・ゴミ・ゴミ
引っ越しに際して何が問題かというと、とにかく大量に発生するゴミの処理。旧宅を出てくるときにも大量のゴミが出て、リサイクルセンターに粗大ごみを何度も運び込んだものだけど、越してきてからも、ダンボール箱やら梱包材やら新居に収まりきらず、粗大ゴミに出すことになったボックスやら、とりあえず持ってきたもののやっぱり廃品回収に出すしかないという結論に至った昔の雑誌やら、次々にゴミが生産される。でも、年末年始。ゴミの回収はストップしてるんだな。これが。当分、ダンボール箱とゴミに埋もれた生活が続きそうです。

02年12月28日 やっと通信環境が
今度の住居にはケーブルTVの回線が予め引かれている。光回線でないのは、5年前の物件だからまあ、しょうがないとして、電話・TV・インターネット接続を全てケーブルTV会社が請け負っていて、まとめて申し込むと若干お安くなるということで、セットコースに。工事の都合で遅れましたが、やっと本日、我が家にも通信環境が整いました。でも、手持ちのイーサーネットハブが、何故かケーブルTVのインターネット回線と相性が悪く、ハブを介してパソコンとプリンタとインターネットケーブルを結ぶという、すごく当たり前のことが出来ないことが発覚。思わぬところにあった落とし穴に頭を抱える。結局、子供部屋のパソコンをネットに繋げるためにも、無線ルーターを購入するしかないという結論になったけど、予算しばらくつかないぞ。

02年12月26日 駐車場問題解決
駐車場をどうしようと眠れぬ夜を過ごしたまま早朝、ゴミ出しに行って掲示板を見てみれば、何とマンション駐車場空き区画の募集の貼り紙が。管理会社の担当者の名前まで明記されている。営業時間になったのを確認して速攻で電話をかけ、本日から駐車場を使えることに。たったこれだけのことに、ここしばらくなかったような強烈な安堵感に襲われ、そして、ああ、俺って人間の器がちっちゃいわ、としみじみ。

02年12月25日 クリスマス引っ越し
引っ越し当日の朝は快晴。引っ越し自体は順調に終わる。が、部屋を埋め尽くすダンボール箱の山に呆然。さらに、マンションの駐車場の申し込み手続きにミスがあって、引っ越し初日は路上駐車するはめに。

02年12月20日 講習初日
初日は毎度毎度緊張して必ずボケをかましてしまう。今回も一橋大論述の授業では、用意しておいた解答のプリントを机の上においたまま配るのを忘れてたし、次の時間の近現代演習に至っては、階を間違えて教室を探して右往左往してしまった。ちなみに近現代演習の教室は、毎週、私が駒場校の高校世界史の授業で使用していた教室です。そういうわけで、迷惑をかけた受講生諸君、すみませんでした。

02年12月19日 府中市民になりました
羽村市役所で転出手続きを終えた後、そのまま府中市役所まで行って転入手続き。思えば、18歳までは転居したことがなかった。ところが18歳で実家を出てからは、これが8回目の住所変更。羽村市はそのうち一番長くて6年。羽村市に居着くまでは、2年以上継続して住んだ住所が一つもなかったというのも我ながら呆れる。子供のことを考えると、そろそろこの流転の人生(ってきっと言葉の使い方が間違っているけど)も、打ち止めにしたいもんである。

02年12月18日 あらためて時の流れに涙
ここ数日引っ越しの準備として部屋の片付けに追われてる。で、つらいのが、捨てても捨てても使わなくなったソフトだとかその解説書だとか処分したパソコンのとっていおいた“箱”だとか、何だかトホホなゴミが次々に出てくること。とっておいた時点ではゴミでなかったものが、ドッグイヤーのパソコン業界のおかげで、いつの間にかゴミに化けてしまっている。不良債権のようだ。

02年12月15日 こういう時に限って
引っ越しの準備に、原稿の〆切、講習会の予習とやることが山のようにあるのに、積み上がった山のあまりの高さになかなかとりかかる気分になれず、気分転換にホームページの設定をちょっといじくったら、たちまちエラーの連続。修復に2時間。

02年12月14日 ストレス解消に料理を
肉料理と果物の組み合わせで3品つくる。鶏肉のマーマレード煮、豚肉とリンゴの白ワインシチュー、牛肉のレモンマリネ。鶏肉のマーマレード煮以外は、子供たちには酸味が不評。がっくし。

02年12月13日 じわじわ
府中市に出向き、国有化が噂される某都市銀行の一室にて引越先マンションの所有権移転手続きをつつがなく終える。これで府中市の中古マンションと羽村市の中古一戸建てを同時に所有することになったわけだ。ちょっとした資産家である。鼻高々、なわけはないんであって、羽村市の方は早く売れてくれないと、二重ローンの負担にはとても長くは耐えられない。しかも、働いた分だけしか収入がないというシンプルな職業なのに、受験が本番をむかえる2月3月は当然ながら一番仕事がない時期だったりするので、そこから導き出される結論はとってもとってもシビアなんである。

02年12月11・12日 頂点の記憶
中村紀が大リーグのメッツと接触のニュース。あらゆる競技を通じて私が最後に特定チームの熱狂的ファンであったのは、仰木監督時代の近鉄バッファローズだった。ミラクルバッファローズ、いてまえ打線。日本野球史の奇跡。駿足好打の小さな大選手大石、安打製造機新井、フルスイングの本家、伝説のダブルヘッダー4連発ブンブンブライアント、打点王石井、未完の大器村上、大将ら、綺羅星のごときいてまえたちに、野茂、吉井、佐野ら超個性派の投手陣が絡む。バッティングコーチに中西、ピッチングコーチに権藤、フィジカルコーチには立花というのも、今考えると凄い。その超日本的自由奔放なミラクルバッファローズが、主軸に秋山・清原・デストラーデの巨砲3門を揃え、なおかついやらしいほどに強かった(間違いなく現時点での日本野球史上最強チームだと思う)日本野球の権化、森西武に真っ向勝負を挑む。野球観戦の醍醐味が、そこにこそあった。全盛期の野茂が鮮やかに最強西武を切っておとした西武球場の試合を、生で観たことがあるのは、私のささやかな自慢である。野球ファンといいながら巨人しか知らない人々を密かに軽蔑し(思えば私も若かった)、プロ野球の現在は西武vs近鉄戦にあると吹きまくっていた当時の私も、自分が歴史の頂点の目撃者であるのだという認識はなかった。巨人vs阪神戦の虚構に、西武vs近鉄戦の本当が、とってかわるのだ、本物の野球の魅力こそがものを言う時代が来るのだ、日本プロ野球はまだまだ発展していくのだと信じていた。サッカーのJリーグが、巨人vs阪神を露骨に模倣したヴェルディ川崎vs横浜マリノスで開幕しながら、ファンの支持する真のクラシコが鹿島アントラーズvsジュビロ磐田にとってかわったようなことが、当時のプロ野球でも起こり得ると思っていたのだ。しかし、近鉄のオーナーが、仰木に代わって監督経験が全くなかったかつての名投手、近鉄OB鈴木啓示を監督に起用し、管理野球を導入しようとしたとき、全ての可能性は潰えた。当時の我々は、責任をあげて鈴木に帰したものだ。鈴木さえ監督にならなければと。それが誤りであったことは、否応なく耳目に入ってくる渡辺巨人の醜態に辟易させられ続けた今になると良く分かる。日本プロ野球は、ファンのものであるよりも、何よりも親会社のものであり、いまでもあり続けている。その体質がある限り、われわれのミラクルバッファローズは、遅かれ早かれ近鉄という親会社によって潰されてしまう運命にあったのだ。
・・・あの時代のミラクルバッファローズは、在籍した選手にとってもやはり特別な存在だったようで、最近もスポーツ誌のナンバーで、野茂が石井や佐野など当時の仲間と子供向けスポーツ教室を開催したことが取り上げられたと思ったら、日本版プレーボーイ誌でも、金村と石井の対談でいてまえ時代が話題となり、今でも当時の仲間で集まる話が紹介されていた。その対談で、金村と石井は、自分たちで球団を持って、かつての自分たちの野球を再現したいという夢を熱く語っていた。その日がくるといいね。でも、多分こないんだろうな。
中村紀は、自称“最後のいてまえ”である。仰木が去り、バッファローズが大崩壊して、いてまえたちがみんな近鉄を去っていった後、若き中村紀だけが取り残され、いてまえ野球再建を悲願にあがいてきた。その中村紀も、どうやら近鉄を去りそうだ。あの時、日本野球の枠におさまらないミラクルバッファローズの存在を日本プロ野球界が許容できなかったことが、歴史の分岐点、現在の日本プロ野球衰退の始まりだった。われわれは頂点を目撃してしまっていたのだ。

02年12月10日 やっと
後期完成シリーズの全ての授業が終わる。

02年12月9日 雪だ〜
都心では1センチ、八王子では10センチ、んで私が住まいする羽村では15センチ近い積雪。さすがに旅行雑誌で奥多摩の玄関口と紹介されただけのことはある。豪雪地帯出身者からすると罰当たりなことであるが、私は本来雪が降ると無邪気に嬉しくなってしまう、雪がほとんど積もらない瀬戸内愛媛県の出身者である。が、普段は午後からしか授業がないのに、よりによって進度調整補講を今日の朝一の一限目に入れてしまっていたとなると話は別。電車で20分ほどで、自宅から一番近い立川校だったにもかかわらず、念のため7時30分には家を出た。正解。自転車はもちろん使えない、バスもこないという状況の中、雪を呪いながら雪道を踏み締め、30分近くかけて駅まで歩く。さらに、青梅線のダイヤが乱れまくっていて、最初に来た電車が満杯で乗れず、1本後の車両にようやくすし詰めで乗ったならば、乗っている間にも車内アナウンスで、やれ武蔵野線が止まっただの、五日市線が泊まっただの、悲観的な情報が続々。下手をするとこのまま雪の中、途中停車か?と思い始めたころ、ようやく立川駅に通常より10分ほど余分に時間をかけて到着。校舎に入った時にはもう、授業開始予定の9時が間近だった。ここ数年、なぜか大雪の時に電車に乗っていることが多く、東京駅から帰れなくなって東京駅に泊まったり、千葉から帰るのに5時間かかったりの経験を積んできたが、今冬は12月上旬のこの時期にこれだと、私の大雪電車体験が、よりいっそう充実したものになりそうで怖い。最近、あちこちでいろいろな人に言ってまわって確認してるのだけど、日本の四季から春と秋が失われて、夏と冬だけになってきた気がするのは気のせいか。

02年12月8日 宣伝
をUP。明日から店頭に並ぶそうです。画像の画質が悪いのは、河合出版のホームページから画像をいただこうとして覗いてみたら、まだUPされてなくて、しょうがなく手持ちのスキャナーでスキャンしたため(泣)

02年12月7日 充実の?1日
午前中、保育園の餅つき。小雨が降りそうな気配だったけど何とか天気も保った。今年は臼など餅つきセットが二組あり、つく順番が回ってくるのが結構早い。結果、ついた餅を食べる段になって、箸を持つのも一苦労な状況に握力が低下。明後日(歳をとると筋肉疲労が翌々日に出るのさ)の進度調整補講で、チョークが持てるのかという不安がよぎる。午後は子供たちにせがまれ、ハリーポッターのパート2を入間の映画館に観に行く。お子様映画としてはよく出来ていると思う。が、いい意味でも悪い意味でもお子様映画。

02年12月6日 ジャポニズム再び
受賞。限定公開のため、アメリカでの観客動員には苦戦しているようですが、評価自体はアメリカでも非常に高く、アカデミー賞でも、アニメ部門ではなく作品部門にノミネートされるべきという評もあったので、当然と言えば当然。でも、これがヨーロッパではなくアメリカであることを考えると、いよいよ第二次ジャポニズムの本格化の契機となるか、という期待も。

02年12月5日 横浜校終了
横浜校で、後期完成シリーズの授業が終了。高校生の授業は、結局9時30分まで延長してやっと終わり。やってるこちらも大変だったけど、授業を受けてくれた諸君も大変だったと思う。現代史、特に戦後史は、ここ10年で出題内容が多様化して、ホント1年ごとにやる分量が増えてきたという実感があります。なかなか終わらない。でも、現代史は、現在の我々の社会の諸問題に直接つながってくるので、その分、この世界が「わかる」快感がある。世界史は、大学で様々な専門分野に進むための、あるいは社会人にとっての基礎教養としての性格があり、現代史には特にその傾向が強いので、ここでしっかり身につけておくと、将来必ず役立ちます。現代社会の必須教養としてのパレスチナ問題なども、もっと時間をかけてやりたかったのだけど、これに関しては当ホームページのなども参考にしてください。

02年12月4日 5年間の時代の変化に涙する
購入してから5年を経過したプリンタの調子が悪くなってきた。電源入れてすぐ印刷すると、最初の何枚かにトナーのかすれや汚れが出る。続けて印刷すると出なくなるので、実用としては問題ないけど、そろそろ買い換え時ではある。ポストスクリプト対応のレーザープリンタで、A3ノビサイズまで印刷が出来る業務用製品で、購入したときには全部併せて50万くらいした。もちろん、ドッグイヤーの世界のこと、技術革新と価格下落傾向はパソコン同様プリンタにもあるが、それでも後継機種が店頭で未だ30万ほどはする。だから・・・ソフマップの下取り査定価格を見たときにはさすがに目をむいた。1000円也。いや、慣れてるつもりだったんだけどね。

02年12月3日 ローン
午前中、みずほ銀行の府中支店に赴き、新たに住宅ローンの契約を交わす。この資産デフレ時代にまたまた借金を背負ってしまったわけであるよ。現在の住居が未だ売れていないので、一時的にせよ(一時的であることを強く希望)、二重ローンの状況で、なんだかすごくトホホな気分。

02年12月2日 今年度もいよいよ
駒場校で、後期最後の授業。といっても卒生は進度が遅れてて10日に補講が既に決定してたのだけど、高校生の方は、ホントに最後。いつも終わってしまってから気がつくのだけど、これでもう、一生会うことがないだろう人もいるわけで、一期一会という言葉がひどくみにつまされる生業であるよなとしみじみ。

02年12月1日 ペーパークラフト
インターネット上でペーパークラフトがけっこう凄いことになっている。動物やら乗り物やらの専門ページがいろいろあって、ダウンロードして印刷して使用するPDF書類の型紙がUPされている。専門ページばかりでなく、消防署のホームページに消防自動車など、おまけとして掲載されているケースも多々ある。インターネット・PDF・家庭用の安価なインクジェットプリンタの急速な普及、この3者が結びついたことで、ホームページから型紙をダウンロードし、自宅のプリンタで印刷という方法が可能となったことが、このペーパークラフトブームの背景にある。技術革新が、それまでになかった新たな市場や生活スタイルを生み出すことの、小さいけど典型的な例かもしれない。ちょっと感心しました。