パレスチナ問題は,南アフリカ共和国で過去に存在したアパルトヘイト問題との相似で語られるべきであると,パレスチナ出身でアメリカ在住の歴史学者エドワード・サイードが主張しています。


 南アフリカの地に黒人勢力を排除して成立した白人政権
 パレスチナの地にアラブ人勢力を排除して成立したユダヤ人政権


 白人の間だけでは民主主義が認められた社会
 ユダヤ人の間だけでは民主主義が認められた社会

 
 混血や黒人の市民権は制限ないし否定した社会
 僅かに残るアラブ系市民の市民権は制限し,それ以外の難民となったパレスチナ人の市民権を認めようとしない社会。


 世界の批判を誤魔化すため,僅かばかりの領土を持つ,相互に分断された黒人居住地を「独立」させ,黒人をそこに押し込めることで事態の解決を図った南アフリカ白人政権
 世界の批判を誤魔化すため,僅かばかりの領土を持つ,相互に分断され,イスラエル兵によって監視されるパレスチナ人居住地を「独立」させ,パレスチナ人をそこに隔離することで事態の解決を図ったイスラエルの「リベラル派」政権

 この文脈で言うと,アラファト議長率いるパレスチナ自治区の政権は,南アフリカで白人の了承の下,黒人居住地を「独立国」として牛耳った黒人支配層に当てはまります。
従ってサイードは,オスロ合意そのものを批判し,これを受け入れたアラファト議長にも鋭い批判を向けています。
 だからシャロンがやったことは,アパルトヘイトを推進しようとした南アフリカ白人政権よりも更に逆行した悪辣非道な行為,となるわけです。

 南アフリカとの相似で言うならば,本来の解決はパレスチナ人にユダヤ人と同様の市民権を認め,ユダヤ人とパレスチナ人が混住する国家を作ることにあります。
 しかし,イスラエルのユダヤ人(南アフリカの白人)が最も恐れるのは実はこのことなのです。

 本来その地に住んでいたパレスチナ人は,イスラエルが建国されても市民としての権利を認められなければならないハズです。それを嫌ったイスラエルは,第一次中東戦争においてまさに民族浄化としか呼びようのない蛮行を行いました。民兵組織がヤシン村において全村民を虐殺し,その噂を意図的にパレスチナ人の間に流布してパレスチナ人の恐怖をあおり,ガザ地区とヨルダン河西岸に逃亡させるようにしたのです。(『蘇るパレスチナ』藤田進,1989,東京大学出版会)
 その結果イスラエルが主張するイスラエル領には逃げ遅れた僅かなパレスチナ人だけが残りました。イスラエルはそれらの人々に事実上制限付きの市民権を与える一方,難民となった人々の帰還権を一貫して拒否しています。彼らの帰還を認めれば,出生率が高く今やユダヤ人人口を上回るようになったパレスチナ人が大量に帰還してくる。しかも,彼らの多くは未だに正式の土地権利書を所有しています。移民してきたユダヤ人の多くはその土地に,場合によっては彼らが住んでいた住居に入居しており,ある日突然見知らぬパレスチナ人がやってきて,自宅から追い出されてしまう可能性があることは,ユダヤ人の深層意識で常に彼らを脅かす現実的な悪夢であるからです。
 しかも,もしパレスチナ人の帰還権を認めれば,パレスチナ人政権がイスラエル共和国に成立してしまいます。(田中宇)
 

 それでも、アパルトヘイトを撤廃した南アフリカ共和国で黒人政権が成立し,それを白人たちが認めて共存への道を歩んでいるように,パレスチナ人の帰還権を認めてパレスチナ人政権が成立し,それをユダヤ人が認めて共存への道を歩まなければならない。国際正義と国際法が指し示す最終解決の道は,そこにしかないと僕は思います。
 が,ここで重要な問題があります。

 イスラエルが,主要な国際法の承認を拒んでいる世界で唯一の国,であることです。

 さすがに今回のイスラエルの蛮行によって,ヨーロッパ諸国でもイスラエルに対する批判が高まりました。例えばイギリスのガーディアン誌()によると,イギリスでは,長年イギリスのユダヤ人社会の重鎮と目されてきた下院議員が,シャロンを戦争犯罪人と批判する歴史的な演説を行っています。ところが,国際社会がいくらイスラエルを批判しても,イスラエルが主要な国際法の承認を公然と拒み,国際連合の安全保障理事会決議すら受けいれず,国際法に従わないために,国際法に従った問題解決が困難となってしまっています。
 
 ここで,当然の疑問が起こります。国際法を唯一公然と拒否する国が,なぜ国際社会で存続できるのか。その答えはもちろん,現在の世界の覇権国家であるアメリカ合衆国が,イスラエルを保護し続けているからです。
 ではなぜアメリカ合衆国はイスラエルを保護するのか。かつて冷戦の時代には,ソビエト連邦の中東への浸透を防ぐ橋頭堡として,と説明されてきました。しかし,冷戦が終了した今となってはその理屈は通じない。アメリカもイスラエル擁護を国際社会に説明するのが困難となってきた。そうした条件が,まがりなりにもオスロ合意につながったのだということは言えると思います。ところが,9.11 テロが起こり,シャロンが「テロとの戦い」という眉唾物のスローガンを掲げると,とたんにアメリカ合衆国のイスラエル支持勢力が活気づきました。
 先日,アメリカ合衆国の上院と下院では,世界の論調に逆行して,イスラエルの軍事作戦に対する支持が,圧倒的多数で採択されてしまったのです。
 しかもそのアメリカ合衆国では,アメリカ独善主義に傾斜しがちなブッシュ政権(京都議定書など,クリントン政権時に調印した国際条約を,片っ端から破棄している)が成立している。クリントン政権はイスラエルのリベラル派のバラク政権とともに,オスロ合意の延長上でパレスチナ問題の解決を図ろうとしました。クリントン,バラク,アラファト会談が行われ,イスラエル側が過去最大限の譲歩を見せた。でも,その譲歩によって作られる予定であったのは,前述したような南アフリカのアパルトヘイト政策で「独立」した「黒人国家」と大差ない内容の「パレスチナ人国家」だったわけです。これに対してパレスチナ人社会内部から批判が高まり,アラファトも合意を断念しました。その結果,イスラエルではリベラル派が敗れ,右派のシャロン政権が成立しました。アメリカ合衆国では右派のブッシュ政権が成立し,両者が9.11事件を利用してさらに過激な強硬路線を歩んでいる。これが現在の情勢であると僕は認識しています。
 再び,そもそもなぜアメリカはイスラエルを保護しつづけているのか。
 自らもイェルサレムを訪問された河合塾世界史科の同僚である神余氏にご教示をいただいたのですが,宗教的な問題が大きいと,僕は考えています。クリントンとゴアに代表される民主党リベラルは,先の大統領選挙でゴアがユダヤ人のリーバーマン上院議院を副大統領候補に指名したように,アメリカのユダヤ人ロビーの影響を強く受けています。イスラエル本国とほぼ同数のユダヤ人が存在し,しかも社会的にも成功者層の位置を占めているアメリカでは,ユダヤ人の発言力が大きい。
 そして共和党右派を出自とするブッシュ大統領ですが,共和党右派は,実はキリスト教原理主義者を支持基盤とします。アメリカのプロテスタント系キリスト教原理主義者(ファンダメンタリスト)は,旧約聖書を重視しており,意外とユダヤ人に寛容です。湾岸戦争の頃,アメリカの原理主義者の間では,聖書に予言されたアンチキリストこそ,イラクのサダムフセインであり,ハルマゲドンが間近に迫っているという考えが流行しました。その時,彼らの間でハルマゲドンを生き残るとされたのは,アメリカ合衆国とイスラエルだったのです。彼らから見ればイスラエルは,イスラム教徒に奪われていた聖地イェルサレムを奪回し,管理し,アメリカのキリスト教徒が聖地訪問をすることを可能にした功績ある国,ということになってしまう。アメリカのファンダメンタリストは,聖地イェルサレムの管理をイスラエルに代行させているという意識でいるのではないか。
 そうすると,アメリカのファンダメンタリストにとって,イスラエルが消滅することは,聖地イェルサレムがイスラム教徒に再び占領されることを意味します。彼らはそれを阻むために,イスラエルを支持し続けるでしょう。
 イスラエルが国際法を拒否し,国際連合の調停を拒否している(そんな国が存続していること自体がおかしいのです)ため,イスラエルとパレスチナの対立を調停できるのはアメリカ合衆国だけ,ということになっています。でも,そのアメリカ合衆国の大勢は,最初からイスラエルの側にある。
 
 この絶望的状況を突破することができれば,世界はよりましなものに,感情的な言葉を敢えて使えば,より我々が生きるに値するものになるのではないでしょうか。