タキトゥス(55-120)

護民官・統領・属州アジア(現小アジア)の総督をつとめた有力な政治家であるとともに、『ゲルマニア』『年代記』を著した歴史家であり、繁栄の中で退廃に向かうローマを憂える優れた文明批評家でもあった。その著作『ゲルマニア』はカエサルの『ガリア戦記』と並んで古ゲルマンの研究史料として高く評価されているが、執筆の動機はゲルマン人の質朴さを強調することで、日夜続く宴会で美食を楽しみ、満腹になるとガチョウの羽をつかって食したものを吐き出してまで食べ続けるようなローマ人の歪んだ賛択を批判することにあった。また『年代記』は、副題に「神聖なるアウグストゥス帝の死より」とあるように、アウグス卜ゥス帝の死後からネロの死の直前までの時代(14-66)を扱ったものである。この時代はカリギュラやネロのような暴帝が輩出した時代で、帝室の陰謀を記述する彼の筆からは、暴君たちへの憎悪と共和政時代への思慕、そしてにもかかわらず帝政を仕方のないものと受け入れる諦観がうかがえる。