スタール夫人(1766-1817)

ルイ16世の財務官としてアンシャンレジームの改革に取り組み、フランス革命の引金をひいたネッケルの娘。フランス革命にはジロンド派として参加。理性と言論の政府を主張してナポレオンと対立し、国外亡命生活をおくる。『ドイツ論』でロマン主義をフランスに紹介。夫スタールとは早くに離別し、多くの男性との交際の後、45歳で年下の青年士官と再婚するというロマン主義を地で行く生涯をおくった。