ショパン(1810-1849)

ピアノの詩人と称されるポーランド出身のロマン派音楽家。ピアノ音楽の完成者。幼少より天才を発揮し、ポーランドのモーツァル卜と称賛された。国外留学を決意し恩師と親友たちの捧げる別離の歌におくられ、ポーランドの土を入れた銀杯を受けて祖国を去ったのは1830年20歳の時であるが、まさにその20日後、フランスの七月革命に始まるヨーロッパの革命の波はポーランドに及び、ロシアからの自立を求める独立革命がおこる。しかし共に出国した親友が独立軍に参加するために帰国し、ひとり残って孤独と焦燥の中で戦況を見守っていた彼に届いたのは、独立軍がロシアのニコライl世に鎮圧され、ウィーン体制で成立していたポーランド立憲王国(ロシア皇帝が王をかねた)そのものも、消滅させられたというしらせであった。この時、気も狂わんばかりの悲憤の中で作曲したのが「革命」であるといわれる。この体験はポーランド独立を恋願うロマン主義者として彼を決定づける。31年よりフランスに居を定め、ロマン主義絵画の代表者ドラクロワなどと交流するー方で、女流作家ジョルジュ=サンドとの運命的な出会いと離別 を経験。ピアノの名手にして天才的な作曲家としての名声を確立し、熱狂的な女性ファンを獲得するが、生来虚弱で早くも25歳の時に最初の喀血をし、1849年39歳で死んだ。