フィヒテ(1762-1814)

カン卜の系譜をひくドイツ観念論の哲学者。ナポレオン占領下のベルリンで1807-08年にかけて有名な「ドイツ国民に告ぐ」の連続講演をおこなってドイツ人の愛国心を鼓舞し、1809年フンボル卜らの努力でベルリン大学が創設されると、その初代総長となった。ここでフィヒテが「ドイツ人」を「ドイツ語を話すもの」と把握し,ドイツ民族にドイツナショナリズムの根源を求めたことは,ナショナリズムに強く「民族」の概念を導入することになった。アメリカ合衆国の成立においては,アメリカ独立の理念を共有するものは(例え事実上白人に限定されていたにしろ)広くアメリカ国民であり,フランス革命においても,「革命の祖国」としてのナショナリズムには,広く開かれた一面 があった。しかし,民族に基盤を持つドイツナショナリズムのあり方は,エスニックな感情を喚起して少数民族の迫害や,他民族の否定に向かう側面を有してしまう。事実,ウィーン体制下でドイツ国家の統一と自由を求めたドイツ学生組合ブルシェンシャフト)は,同時にユダヤ人迫害運動の担い手ともなっていくのである。