韓愈(768-824)
「韓白」と白居易と並び称され、中唐を代表する詩人でもあるが、六朝以来の四六駢儷体の技巧に流れた文体を嫌い、漢以前の古文復興運動を提唱し、様々な人生の形を描く『墓誌銘』に優れた散文作品を残して唐宋八大家のはじめに数えられる文章家としてより重要である。思想家としては儒教の優越を主張し、道教と仏教を異端として激しく排撃したことで知られる。政治家としては、上官の不正糾弾や、時の天子の仏舎利宮中導入への反対などで二度に渡って左遷されるも屈せず、性剛直との評を残した。面倒見のいい親分はだの性格であったらしく、柳宗元を始めとする文人が彼の周りに集まり、当時の文壇の巨頭であった。