第九回 勇気の花がひらくとき(でも、アンパンマンじゃないよ)

 アテネオリンピック女子サッカー・アジア予選準決勝、日本対北朝鮮。その闘いの現場にいたことを、わたしはとても幸福に感じている。それは、日本代表が勝利したということよりも、フットボールという非日常的空間に身を置くことの快感を久々に堪能できたからにほかならない。とてもサッカーを観る場所とはいえない国立競技場の客席とピッチの距離が、いつになく短く感じられたのだ。

 下馬評で不利だった日本代表が3―0というスコアで北朝鮮代表を下したのだが、それほどに内容で圧倒したというわけではない。また偶々の幸運――オウン・ゴールがひとつ記録されているが――で日本代表が勝利を拾ったというのでもない。

   局面局面での、ほんのわずかの差の積み重ねが、結果的に思いもよらぬスコアとなって現れた。

 と、書くのは簡単だが、それでは「研究」にならないので、日本代表の勝因を現場で観た印象・現象によって分析してみる。

◎日本代表に起因すること

a)1対1を(ときには1対2でも3でも)勝負する勇気

 日本代表が勝つには、北朝鮮代表の攻めをしのぎ、数少ないチャンスを得点に結びつけ、そのまま逃げ切るという希望しかされていなかったと記憶しているが、実際には、試合開始早々、日本代表は決定的なチャンスを作り、11分に得点している。守りきるというよりも、攻めきるという姿勢が、そこにはあった。

 相手側ピッチで1対1になったとき、日本代表は常にドリヴルで仕掛けていた。殊にサイド(川上や山本)では徹底しており、何度となくペナルティ・エリアに進入して決定機を作っていた(まるで、99世界ユースの本山のように)。

 北朝鮮のサイドが弱いというスカウティングがあったにせよ、前を向いたら対面の相手と勝負というプレイには勇気が必要だ。その勇気が確信を生み得点を連れてくる。

 その勇気のないチームに勝利が容易に訪れてくれないことは、残念なことに日本男子代表が証明しているとおりである。

 ボールを縦に運ばない限り、相手ゴールに近づくことはなく、その手段はひとつ(パス)よりもふたつ(パス&ドリヴル)のほうが良いに決まっている。誰もが分かりきっていることだが、分かりきっていることを実践するのは容易ではない。


b)ボールへの執着

 日本代表の選手たちは相手選手たちとのボールの奪い合いで、倒されたり倒れたりした後、すぐに起きあがって再びボール奪取に参加していた。とくにミッド・フィールドでは激しいものがあった。

   相手のファウルをアピールするのではなく、すぐさま立ち上がりボール奪いに参加することは、精神論の問題ではなく(まして“マリーシア”の欠如でもなく)、数的有利を作り出してボールを奪取するという基本的な戦術の延長線上にあるきわめて論理的な行為である。審判がファウルを認めない以上、アピールという行為自体、単なる時間の無駄であり、自チームを不利な状況に陥らせる可能性のある愚かなふるまいである。

 ただ、この試合の日本代表の鬼気迫るボール奪取への参加は、女子選手に特有といわれる「律儀さ」「粘り強さ」を通りこしており、アドレナリン放出による野生の発露のようでさえあった。


c)集中した守備意識

 b)で指摘したボールへの執着と相通ずることなのだが、日本代表の守備の意識は90分間途切れることはなかった。GK山郷を最後の砦(ゴール・ポストもよく守った)として、得点差に油断することなく、最後まで集中していた。殊に残り10分すぎからの北朝鮮代表のパワー・プレイを凌ぎきった守りは、見事であった。

 いつもはロベルト・カルロス(あるいはカフー)ばりに高い位置にいる右SB川上が最終ラインでプレイしていたように、いかに日本代表が守備に気を遣っていたか(川上は、にもかかわらず、機会を窺っては攻め上がっていたのだから、その運動量には驚嘆する)。

 その守備の仕方は――たとえ川上がいつもより低めの位置にいるからといって――けして引いて守るというものではなく、相手にボールが渡った早い段階でプレッシャーをかけ、2人3人とボール奪いにいく、きわめて攻撃的なもので、それは「守備」というよりも「奪取」というべき行為であった。

 最終ラインもどちらかというとフラットな4バックであったにもかかわらず、オフサイドを狙うのではなく、10人がコンパクトにポジションをとり、FW・MFを含めた全員で守るという意識が徹底していた。

 日本代表の選手交替が荒川、川上、山本、という順序で、明らかに運動量の多かった選手――彼女たちのポジションがFW、SB、MFという点も重要である――から替えていったことも、そういった戦術のためだったと思われる。

 3―0というスコアでの守備の仕方としては多少疑問があるかもしれないが、集中してひとつの戦術をやりきるためには、他に方法がなかったのかもしれない。結果としては、その徹底ぶりが功を奏したことになった。

※運動量、守備意識ということで考えると、MFの中央にいた宮本の縦横無尽な動きを取り上げなくてはなるまい。

 右膝を故障していた沢の守備負担を軽減させるために前へ行き、攻め上がったサイドのスペースを消すために右左と動き、MFと最終ラインの隙間をうめ、そのうえ攻撃にも参加して、90分フル出場したのだから、この試合のMVPは彼女以外に考えられない。


◎北朝鮮代表に起因すること

d)技術的な問題

 試合前半、北朝鮮代表はいつになくパス・ミスが多く、まるで初めて試合をするチームのようにコンビネーションがとれていなかった。そのうえ、サイド、特に左サイドを川上、酒井といったところに易々と破られ――それが理由かどうか分からないが、左MFの選手を前半のうちに交替している――試合の主導権を日本代表に握られたままだった。

 記録上、前半のシュート数は北朝鮮代表が上まわっているが、その殆どがゴールの枠を遠くはずしたシュートで、試合の流れを変えるまでにはならなかった。

  
e)コンディショニング

 北朝鮮代表の試合日程は日本代表と比較してたいへん厳しいものだった。日本代表がこの試合まで全ての試合を東京で行なっていたのに対して、北朝鮮代表は2日前に広島で試合をしていた。チームのコンディションに問題はなかったろうか。

 何かしら問題を抱えたまま試合に臨んでいたとすれば、それは日本サッカー協会の政治力の勝利かもしれない。


◎その他

f)試合の流れ

 開始早々、日本代表がチャンスを作り、前半の早い時間に相手DFのクリア・ミスから得点し、その後も日本代表に有利な流れのまま試合は進んでいく。

 北朝鮮代表からすると、0―1のままで前半を終了すれば、ハーフ・タイムの間に修正可能だったろうが、その終了間際にオウン・ゴールで0−2となってしまった。

 2点とも、開始10分・終了前10分という、サッカーにおいて、もっとも注意深くプレイしなくてはならない時間帯(=点を相手に獲られてはいけない時間)に入っている。

 日本にとって、これ以上ないという試合展開だったのである。


h)観客数

 3万人を超えた観客が、どの程度両チームに影響を与えたのか、正直なところ、よく分からない。日本代表にどれほど勇気を与え、北朝鮮代表にどれほど脅威となったのか。

 日本代表の関係者たちはホームのサポーターたちに感謝していたし、北朝鮮代表のパス・ワークの拙さも、そのアウェイの雰囲気に飲まれたせいだったのかもしれない。

 ジュビロ磐田が10万人のアウェイ戦を勝利してアジア・チャンピオンになったことがある一方、モナコやデポルティーボ・ラ・コルーニャがホームで大逆転する。
 
     当初使用する予定のなかったバック・スタンド上層部の座席に観客がいたことは、協会自身の予想を超えた人々が国立競技場に集まっていたことを示している。予想を超えた観客の前で、予想を超えた試合が行なわれたということか。


日本サッカー女子代表……評点7.5

                                 了