阮籍(210-263)
竹林の七賢の第一の人物とされるが、彼をはじめとする七人が竹林で清談にふけったというのは伝説である。彼の生きた時代は魏から晋への王朝交替期であり,権謀術数が渦巻く世俗の世から離れ,偽善に堕した儒教の礼教主義を批判し,老荘思想にもとづいて脱俗をよしとする風潮が高まった。康(魏室の女婿であり,司馬氏と対立してついに刑死)とともに,この風潮を代表する人物である。礼法の士(儒家)は白眼で迎え、超俗の士は青眼で迎えたと伝えられており、ここから白眼・白眼視の言葉が生まれた。